大炉を開く。

約十日あまりインフルエンザで伏せってしまいました。39.8度が三日ほど続いたので、ブログの更新も、稽古も、講座もお休みしてしまいました。関係者の皆様にお詫び申しあげます。

二月、我が稽古場では大炉を開きます。今年はそんなこんなで、月半ばになってしまいました。
茶湯は季節を大切にし、寒い時期ならば湯気のたくさん出る広口釜や筒茶碗を用いて、季節の演出をしていきます。
二月は、節分、立春、初午、梅花祭に月末には利休忌、いつもより一ヶ月が短い二月ですが、行事は目白押し、趣向も楽しめます。

大炉といえば逆勝手の点前。流儀にこだわらず、年に一度、炉と風炉でで逆勝手の稽古もよい物です。おためしあれ。そうこうしているうちに春はもうそこまで来ています。


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茶席を持つこと、釜を掛けること。

良く行くラーメン屋さんのお話です。

マスターは若い頃都内の高級ホテルで中華料理の修行をして新潟市に戻ってこられ、ご夫婦でラーメン屋さんをやっておられます。
何かの折りには出かけていくのですが、市内に良い店があれば、いろいろと食べ歩いている中でも味は五指に入るかな、と勝手に思っています。
また、近くに高校があり、学生さんたちにはワンコイン(500円)でおいしいラーメンを出しています。

そのお店にはご主人が書かれたとおぼしき、
これでいいということはないが これが今の私の精一杯の姿です。」という相田みつおさんの詩が飾ってあります。
こんな低料金で、結構な味を出していると思うのですが「これでいいということはない」と謙虚な姿でラーメンを出して下さっていますし、「今の精一杯」という気持ちもうれしい次第です。

茶席を掛ける際には、来て頂けるお客さんに喜んでもらえるよう「精一杯」にがんばります。
また、常に「これでいいということはない」とも思って道具組をされていると思います。
ですから「今日は500円の席だからこんなでいい。」とか「学生の茶会なんだからこれで充分」などと夢にも思わないでしょう(ネ?)。

そのラーメン屋さんはきっと学生さんたちに「中華料理ってこんなにおいしいんだよ」と知ってほしくて低価格にしてるんじゃないかと思います。料理のおいしさや、素晴らしさやそれを出す側の喜びまで知ってほしいんじゃないかと勝手に思っています。「食事を作って出して食べるってこんなにすばらしいんだよ」って。そんなお店に思えます。

茶席の御客様は、その席のためにわざわざ着物を着たり(髪などもセットもして)、場合によってはタクシーで時間を割いて来て下さっています。決して500円ではありません。
その方々に「この程度でいい」席をやっていいものでしょうか?
茶湯がこんなにすばらしいのだ、と感じて頂けるような席作りをされとこそお客さんも喜んでもらえる。そこには見栄や、自慢は存在しませんし、「今の私の精一杯」であり「まだまだ」といった謙虚な心もあるでしょう。
それを「あんな高い道具を使って。」とか「見せたいのかしらねぇ」等というのはそれを発する人の心が卑しいからなのではないでしょうか。

茶道具の金額の多寡など何を基準に推し量ることが出来るのでしょうか。上は国宝、重要文化財、あるいは「大名物」「名物」「中興名物」までもが道具であるということをご存じないのでしょうか。こういったものはお金だけでは手に入れられないものです。ですから、お金で手に入れられるものは「安い」と言えるのかもしれません。

席主が買った茶道具の値段を忖度しているぐらいなら、良い道具や取り合わせを見せてもらったら素直に喜んだらどうでしょう。茶会であれ、そこに出される道具であれ「一期一会」だったのではないですか?

おいしいラーメンを食べたら「おいしかった、ごちそうさま、また来るね」といえばいいだけなのです。

 


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(大寒)

今年は一月二十日が大寒。もっともこの日がスタートで立春まで続くのですから、まだまだ「大寒」のさなかですし、統計的にも寒さの底だそうです。
初釜もぼちぼち終わり、日頃の稽古が始まりますが、まだまだ正月気分は抜けてないような、かといって二月の趣向にはまだ早いような・・・。
でもせっかくの「寒中」です。筒茶盌や広口釜、など暖かさをもたらすものを茶道具としても使いたくなります。
今年は初午が二月二日、節分が三日、翌日は立春とせっかくの二月の趣向の日々が早めに過ぎてしまいます。そろそろこのあたりの道具も出してみてはいかがでしょうか。
旧暦と新暦の狭間で悩ましいのも茶湯の趣向です。今年みたいに「立春」より「初午」が早くしてしまう場合もあったり。旧暦があるので、初午だけでなく、二之午や三之午がある場合も有りますので、二月いっぱい使えるようです。


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今日は小正月

DSC_0126(小正月)

昨日(2019年1月14日)は成人の日。
元々小正月をいう日から出来た祝日ですが、時代の要請で「連休」最終日となりました。
初釜をされたところも多いようですし、御家元筋でも初釜の最中でもありましょう。

今年の正月飾りは、15日の朝までには門松などを取り外し当店では、毎年1月15日から小正月飾りとして「繭玉」を飾っています。
米粉で出来た縁起物をかたどった飾りを水木の枝からぶら下げて、様々な慶事を祈る風習小正月飾りです。飾り物も古風な姿のものからやや現代風なものになりましたが洗練した風で嫌いではありません。
新潟県の姿ではありますが、各地、各地の風習も大事にしたいものです。


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「柳都」新潟の初釜と柳

昨年は災害の多い年でもありました。台風21号は関西地方にも多くの被害をもたれしていました。京都にあんなすごい風が吹いたのは記憶にないくらいです。
千家近くの紫明通りの街路樹がばたばた倒れていましたし、北山の杉も相当数被害に遭ったようです。
そんなことが起こる数時間前まで京都に滞在、台風から逃げるように帰ってきました。

被害を受けたのは、目立った農産物だけではなく、お正月、初釜に使う「結び柳」にも甚大な被害をもたらしたようで、年末にはその手配に追われました。

新潟市は「柳都」と称しています。かつての中心地、古町周辺には多くの堀が巡らされており、その岸辺には桜と柳が植えられていました。堀の名残には通りの名前に、桜は寿命でほとんど見当たらないようですが柳はその名残が見受けられます。

この「柳都」の住民は柳に新年を迎える象徴たる「結び柳」の意義を知る人が少ないのは残念なことです。
しだれ柳を天井近くから長々と床の間の床いっぱいに流して飾ります。長いほど喜ばれるようですがなかなか理想の5メートル超える物は入手が困難です。
街で見かける柳は一見長いようでも枝分かれをし、枝も堅く思うほど長くはないので、ただ枝を落として程度では「結び柳」には仕えません。

天井から畳にとぐろを巻くほどに長い柳は春の芽吹きから丹念に枝を揃え、長くなるように育て上げた物だそうです。
しかしながら天候に左右されやすく、前述の台風や日照りや日照不足でも思うようには生育しません。

新潟は豊かな食材や、自然環境に恵まれすぎ、どうにも「工夫」することがないようです。
取れたての食材がおいしいのは当たり前ですが「よりおいしくする工夫」は少ないといわざるを得ません。自然環境も「ほったらかし」では美しくはないのです。

学生時代を京都で過ごしましたが、北山杉の美しさに胸を打たれ、竹林の整然とした姿に戦慄すら覚えました。全て人の手で調えられているからこそ製品の付加価値も高く、食品としての価値もあり、何より観光資源としての価値は世界的なのはいうまでもありません。

当然、新潟県にも多くの森林が有り、佐渡のみならずとも竹は自生すらしています。しかし新潟の竹は「藪」で生え、京都の竹は「竹林」で栽培されています。この違いはおおきのです。
新潟市も「柳都」と称するからには、その柳も美しく栽培し、全国に「結び柳」を出荷できるような処となってほしいものです。それが観光資源ともなり得るのですから。


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